AIは、安くする手段ではなく付加価値だと思っている

映像制作の見積もりを工程まで分解すると、たいてい人数×日数で値段が決まっていることが分かります。

3人が3日ずつ動くなら、9人日。そこから抜けない限り、単価の話は永遠に終わりません。

では、どうするか。ここでAIの話になります。

ただし、「AIで安くなります」と売った瞬間に、話がおかしくなります。 その理由から書きます。

労働集約から抜けるために使う

私がAIを使う理由は、安くするためでも、速くするためでもありません。

人数と時間を積み上げないと成立しない構造そのものから、抜けるためです。

3人×3日という積み上げでしか作れないなら、値段は人数と日数で決まります。そこから抜けない限り、単価の話は永遠に終わりません。

労働集約から抜けるためのAIなら、単価は下がりません。人減らしのためのAIなら、下がります。 同じ道具なのに、使う目的で結果が逆になる。ここは分けて考えたほうがいいと思っています。

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そして、これは制作者だけの話ではないと思っています。

労働集約から抜けることを考えるのは、本来、経営や営業の立場で考えるべきことです。

現場は目の前の案件で手一杯です。構造を変える判断は、現場からは出せません。

経営陣は本来、時代に応じた立ち回り方を考えていかなければいけない。 そう思っています。それをしないまま数を増やす方向に行くと、さっき書いたところに戻ります。

AIは、安くする手段ではなく、付加価値

言い方を変えます。

「AIで安くなります」と売ってはいけないと思っています。そう言った瞬間に、さっきの「じゃあこれもできますよね」が始まるからです。

そうではなく、「AIを入れると、これができるようになります」。付加価値として置く。

そして企業にとっては、付加価値しかないと思っています。

よく「AIで仕事が消える」という話になりますが、企業側から見ると論点が違います。消えるかどうかではなく、何が足されるかです。

打ち合わせの時間が減ります。

そもそもの速度が上がります。 「来月の全社集会までに」が、間に合う話になる。

修正への対応力が、格段に上がります。 規定が変わった、名称が変わった、担当が変わった。実写なら追撮ですが、該当箇所だけ差し替えられる。変化に対して柔軟でいられるということです。

社員が辞めても、映像が使えなくなりません。

速いこと。変化に強いこと。直せること。これは企業にとって、プラスにしかならないはずです。

そして、もうひとつ。

出たくない人を、出さなくて済む

これが一番大きいかもしれません。

出たくない映像に出ろと言われること自体が、精神的によくないと思っています。

会社は、悪気があってそうしているわけではありません。むしろ逆で、「人を大事にしている会社です」ということを見せたいから、個人をホームページや映像に出す。

でも、出される本人にとっては、個人情報が世に出るということです。

顔と名前と所属が、検索できる形で残る。転職しても残る。それが嬉しい人もいれば、そうでない人もいます。「嫌です」と言いにくい空気があることも、たぶんあります。

人を大事にしている会社であることを示すために、個人に負担がかかっている。 ここは議論がねじれていると思っていて、会社の中ではわりとよく起きていることだと感じます。

AIで作れば、そのリスク自体が発生しません。

安くなるかどうかではなく、これが付加価値だと思っています。

実際にやっていること

抽象的な話になってきたので、手元でやっていることを書きます。

冒頭に置いた製品デモ映像は、こういう流れで作りました。

まず、生成AIに製品の概要を読み込ませます。

ここが大事なところで、この工程はローカルLLMでもできます。 手元のPCで動くAIです。情報が外に出ません。

前に書いたことがありますが、企業案件では「そもそもAIに情報を入れていいのか」で止まることが多い。ルールも曖昧で、「Google Workspaceを契約しているからGeminiはいい」というような線引きが普通に存在します。判断の軸が「情報を外に出さないこと」ではなく「契約している会社かどうか」になっている。

でも、外に出さない方法は実在します。 ローカルLLMという選択肢が、単に知られていないだけです。

読み込んだものを、台本として出力します。

そしてその台本を、動画のパイプラインが読み込みます。 台本から、動画生成に必要な画像や素材を作る。ここは外部のサービスを経由するので、コストがかかります。

だから判断が要ります。ComfyUIで作れる内容なら、ComfyUIで作ったほうがいい。 手元で回るぶん、コストがかかりません。この切り分けができるかどうかで、案件の採算が変わります。

それでも、人の目が要る

ここまで自動化しておいて言うのもなんですが、一番必要なのは人の目です。

なぜかというと、クリティカルな問題に、人に出す前の段階で気づけるかどうかだからです。

出してしまってから気づくのでは遅い。先方に渡る前に、「これはまずい」と分かる必要がある。

そしてそれには、技術と知識と経験値が要ります。

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もう少し正確に書きます。

AIは、知識は持てます。 テクノロジーに関するナレッジを積むことは、むしろ人間より得意です。

でも、ニュアンスと方向性は、AIだけでは決められません。

この言い回しは強すぎないか。この間は少し長くないか。ここでこの色を使うのは、この会社として大丈夫か。そういう判断です。

しかも厄介なことに、AIの決定には揺れがあります。 同じことを聞いても、毎回同じ答えが返ってくるとは限らない。揺れるものに、方向性の決定は任せられません。

だから、クライアントと実際に密に打ち合わせをしている当人が、自分の経験値をもって決める。 これが最後に残る人間の仕事だと思っています。

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そして、その仕事には名前があります。レビューです。

自分の技術と知識と経験をもって、「AIが作ったものですが、これは出して大丈夫な代物です」と言って、相手に渡す。

この保証が、レビューです。

「気づく」というより、「大丈夫だと言い切る」。責任を引き受ける行為なので、ここはAIには代われません。

ただし、レビューの「工程」は自動化できる

ここは誤解されやすいので、補足しておきます。

レビューという機能自体は、パイプラインに組み込めます。

自動レビューを回すことで、こういうものは事前に潰せます。

うちでも実際に組んでいます。ラジオの音声を作るとき、音を聴かずに誤読を見つける仕組みを入れました。音声合成エンジンに「この文をどう読むか」を先に聞いて、返ってきたカナを目で確かめる。それだけです。

これで「出ろ」が「シュツロ」と読まれることが分かりました。単語だけで試すと正しく読むんです。文に入れて初めて音読みに転ぶ。 聴いてから直していたら、24分の音声を作り直すことになります。

ただし、注意点があります。

AIが必ずミスをしない、というわけではありません。 組んだから安心、ではない。

そしてもうひとつ。打ち合わせをしている当人は、その仕事の当事者です。 クライアントの微妙なニュアンスや、その場の雰囲気は、AIには把握できません。

だからこそ、人間がちゃんとレビューする必要がある。

そのうえで、AIがレビューを重ねたものを当事者が確認する形にすれば、レビュー自体の仕事も減らせます。

順番が大事です。人のレビューをなくすのではありません。人が見る前に、機械に一周させておく。

そうすると、人はより人間らしい仕事に注力できる。

ちなみに、さっきの誤読チェックを作るきっかけは、人間が聴いて気づいたことでした。機械のチェックは、そこから作っています。

どこまでAIに渡すか

線引きの基準を書いておきます。

人がやるべき仕事を、AIに奪わせるのではありません。

「誰がやっても変わらない仕事」を、AIに渡すんです。

この2つはまったく違います。

そして順番はこうです。最初の叩き台はAIに作らせる。 これ自体は、まったくマイナスではないと思っています。ゼロから書き始めるより速いし、大きく外れることも減った。

そのうえで、内容をきちんと理解できる人間が見て、抜け落ちをリカバリーする。

叩き台がAIで、仕上げと判断が人。この分担なら、質は落ちません。

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最後にひとつ、思っていることを書きます。

映像のようなクリエイティブ系以外の、単純な作業は、もうほとんどAIでやれるようになりました。

そう考えると、人間がやるパーツが少しでも残っている状態は、ありがたい話だと思うんです。

「映像は特別だから残る」とは思っていません。たまたま、まだ残っている。 それだけかもしれない。

だからこそ、AIを使える部分と使えない部分を、きちんと自分で決めていくべきだと思っています。人任せにしていると、その線は誰かに決められます。

そのために、人が要る

構造から抜けるには、それができる人が必要です。

ここで正直に書いておきたいことがあります。AIを使うこと自体は、そんなに難しくありません。

難しいのはその先です。AIには、階段があります。

まず、使える人がいない。 これが一段目。

使えても、「AIの機能を使う人」ばかりです。 ボタンを押して、出てきたものを受け取る。これが二段目。

AIを技術として捉えて、道具として使いこなす人は、極端に少ない。 これが三段目。

そして四段目。それを仕事の作法にまで落とせる人が、ほとんどいません。

「AIが使える」と「仕事ができる」の間には、まだ2段あります。

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映像の人間、クリエイターと呼ばれる人たちは、浮世離れしているイメージを持たれがちです。

そして、実際にそうであることもあります。 そこは否定しません。

だから育てたいのは、地に足を付けたクリエイターです。AIが使えて、映像が分かって、予算が見えて、見積もりが書ける人。

この4つが揃って、はじめて仕事として成立すると思っています。

AIを使うのか、AIに使われるのか

ひとつ、白状しておきたいことがあります。

「AIのことを教えます」と言っているのですが、実際に教えているのは、企業映像の作法と、映像技術の理解です。

操作そのものを扱うのは、前半の3週です。そこから先も、もちろんAIは使い続けます。 ただ、扱い方が変わります。実務にかなり近いロールプレイングの中で、実務とAIを一緒に学んでいく形になる。

つまり、AIの使い方を単体で教える時間は、そんなに長くありません。

代わりに何を教えているかというと、AIを使うための知識と、AIだけではできない判断力です。

プロンプトもそうです。 あれは結局、人に指示を出す技術だと思っています。主語を明確にする。曖昧に頼めば、人でも違うものを持ってきます。AIはそれが露骨に出るだけです。

理由は単純で、ちゃんと理解した上でAIを触っているなら、それは「AIを使う」ことになるからです。

理解しないまま触っていると、AIに使われます。

出てきたものが良いのか悪いのか判断できない。直すべきかどうか分からない。だから出てきたものをそのまま出す。それは、使っているのではなく、使われている状態だと思っています。

映像技術と、仕事の技術。その両方を持ったうえで、AIをツールとして使える人。そういう人を作らないと、「人を育てた」ことにはならない。

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ここまで、AIをどう使うかを書いてきました。

労働集約から抜ける。付加価値として置く。叩き台はAIに、レビューは人が。

ただ、これを実行できる人は、正直まだ少ないと思っています。AIが使えることと、仕事ができることの間には、まだ2段あるからです。

では、その人をどう育てるのか。そしてなぜ、そこまでやろうとしているのか。

そのあたりを、別の記事に書きました。

👉 本当は、エンターテイメントがやりたい

そもそも「なぜその金額では成立しないのか」という前提の話は、こちらに書いています。

👉 40万円の映像制作で、手残りは10万あるかないか