友人が「これを本にして」とAI原稿120ページを持ってきた

私には、定期的にとんでもない発注をしてくる友人がいます。

悪気は、まったくありません。むしろ善意です。「これ、お前ならできるだろ」という、たいへんありがたい信頼のもとに、毎回すごい球が飛んできます。

そしてある日、予算が明らかに足りない話を持ってこられました。困った顔をしていると、こう言われます。

「AI使えばいいじゃないですか」

参考イメージまで添えて、こう続きます。

「AIならできますよ」

——今回は、過去最高にぶっ飛んだ球でした。

発注側は、工程を見ていない

まず前提として、AIが強力なのは事実です。私は実際にAIで映像を作っていますし、それで成立した案件もあります。

ただ、この言葉にはすれ違いがあります。

発注側が見ているのは納品物だけで、工程は見えていない。極端に言えば、「AIのボタンを押すと完成品が出てくる」という理解になっています。

実際には、プロンプトを調整して何度も生成し、破綻した部分を直し、繋いで、タイミングを合わせて、ようやく映像として成立します。少なくとも当時はそうでした。

その工程はこちらが全部かぶり、削減されたぶんは発注側が取る。この非対称が起きます。

一度成立させると、次が来る

そして、ここからが本題です。

AIで何本か成立させると、発注側の見方が変わります。

「この会社は、AIを投げ込むと出力が出てくる装置だ」——そういう扱いになっていく。

そして、その友人が持ってきたのが、これでした。

AIで書かれた文章が、120ページ分。

これを本にしてください。図解も全部作って、レイアウトも作って、本として成立させて。

……本にしてください、と。

文章は、ある。それは分かる。でも本というのは、文章があれば出来上がるものではありません。

まず、相場の話をします

書籍のデザインは、通常なら1ページ2万円くらいが発注価格だと思います。しかもそれは、挿絵や図版の素材がある前提での話です。

では、今回いくら提示されたか。

最初は「まとめて10万円くらいで」という話でした。

120ページの本を、図解も込みで、です。

「ふざけてるんですか」と言いました。

友人なので、言えます。

そこから、ああでもないこうでもないと紆余曲折があって、1ページ7,000円という単価に落ち着きます。

相場の3分の1です。

なぜこれが無茶なのか

本を作ったことがある方なら分かると思いますが、元になるデザインが無い状態で冊子を組むのは、極めて厳しい作業です。

判型、グリッド、余白、書体、章立ての設計——中身より先に決めなければいけないものが山ほどある。それが無い状態で「文章はあるので本にして」と言われても、作業の入り口が存在しません。

しかも図解も作る。レイアウトも作る。120ページ分。

発注側の世界観は、たぶんこうです。

指示する → ボタン押す → 完了する。

この3行に労働が存在しません。

でも、単価の話では終わらなかった

なぜなら——挿絵も図解も、何ひとつ無かったからです。

「文章はあるので本にして」という依頼でしたが、本には図が要ります。注釈のイラストも要ります。章扉も要る。それを全部、こちらで作らなければいけない。

だから、その作業を一つずつ積み上げて計算しました。

最終的には、100万〜120万円くらいになったと思います。

結構な金額です。 そして、それが適正だったと思っています。

交渉できたのは、工程を分解できたから

ここが本当に大事なところだと思っています。

「1ページ7,000円は安すぎます」と言っても、話は進みません。感情の押し合いになるだけです。

そうではなく——

これを分解して並べれば、金額は自然に出てきます。

交渉できたのは、工程を説明できたからです。 逆に言えば、説明できなければ「AIで安くなったんですよね」で終わっていました。

どういう体制で作ったか

もうひとつ、実際の座組みも書いておきます。

① InDesignの割付けは、外に依頼した

テキストをInDesignに流し込み、文書として割り付ける——ここは専門性が要ります。InDesignができる方に依頼しました。

② それ以外は、うちのスタッフで

デザイン、レイアウトの設計、挿絵の配置——このあたりは自社で対応しました。

つまり、「本を組む技術」は外から借りて、「本の形を決める判断」は自分たちで持ったという分け方です。

断っておくと、AIの効果は本物です

ここまで書くとAI否定に見えるかもしれませんが、まったく逆です。

AIの効き方は本物で、私は実際にそれで仕事をしています。とくに企業向けの映像では、撮影が丸ごと要らなくなることや、修正が安く済むことの意味は非常に大きい。

その話は長くなるので、別の記事に分けました。

→ 企業の紹介映像は、これからAIで作られると思う

この記事で書きたいのは、「AIでできる」と「AIで成立させる」の間にあるものについてです。

AIで作った本が、ランキング1位になった

先ほどの120ページの件には続きがあります。

結果として、その本はAmazonのランキングで1位になりました。

中身はほとんどAI生成です。文章だけでなく、画像・図解・注釈イラストまで。工程としては、まずAIで中割り(簡易スライドのようなもの)を作り、その構成をメンバーに渡して、実際の冊子に組み上げました。

一番の仕事は、抽象的なフローに落とし込むことでした

先に、何をやっていたのかを書きます。

その本は章立てになっていて、レッスン形式でした。

つまり、繰り返される型があるわけです。

だから、やったのはこれです。

この型を、何ページで割るのか。どういう構成で割るのか。

これをひたすら繰り返しました。フォーマットさえ決まれば、あとは流し込めます。 逆に、ここが決まらないと120ページは組めません。

必要に迫られて、抽象的なフローに落とし込んでいったという感じです。

AI原稿は、内容が重複する

そして、手を動かして分かったことがあります。

内容が重複することが、かなり多かったんです。

これは読み手にとって辛い。同じことが繰り返されると、飽きてきます。

だから、挿絵と図解を入れる

飽きが来ないようにするために、挿絵を入れます。

そしてもう一つ、言い方が難しいのですが——ボリューム感です。

図で頭に入れると、内容が入ってくる。そして「読んだ」という手応えが生まれます。

テキストだけで押していくと、同じ分量でも薄く感じることがあります。図解が入ると、理解が深まって、結果としてボリュームを感じる。

だから、視認性が高く、理解が深まりやすい画像や図解を作ることに、かなり注力しました。

テキストを、図で補う。 このフローが、この本ではとても強かったと思います。

そして——ここが一番、人間の仕事でした。

AI画像づくりが、とにかく大変だった

図解については、スタッフ2名に、GPTやGeminiでひたすら画像を作ってもらいました。

そしてPhotoshopで再加工 → 修正したものをアップコンバート → 印刷に耐える解像度にする。これを何度も繰り返します。Web用と印刷用では、要求解像度がまったく違うためです。

一番大変だったのは、実は「データ管理」でした

正直に言うと、制作そのものより、これが大変でした。

図解を1点作ると、データが3種類生まれます。

これが図解の点数だけ、しかも試行回数のぶんだけ積み上がります。

無数のデータが生まれて、管理が本当に大変でした。

作ることよりも、「どれが最新で、どれが採用版なのか」を見失わないことのほうが難しかったくらいです。

当時は、まだPNGも出せなかった

もう一つ、時期の問題があります。

当時は、画像生成の精度自体がそこまで強くありませんでした。 そして——まだPNGを出せなかったような時期だったと思います。

つまり、透過が使えない。

だから、作った画像の背景を、いちいち消していく作業がずっと発生しました。地味ですが、点数が増えると効いてきます。

いまなら、この工程のかなりの部分は短縮できるはずです。当時はそうではなかった、というだけの話です。

ロゴが、なかなか出てくれない

もう一つ苦労したのが、企業のロゴが入る図版でした。

ロゴが、なかなか正しく出てくれないんです。

ただ、ここは——何度も何度も覚え込ませることで、出せるようになりました。

粘れば通る、という感触はありました。ただしその「粘り」は、当然ながら工数です。

つまりAIで作れたわけです。ただし、AI生成物を「本として成立させる」作業は、まるごと人間側に残りました。

1位よりも、大きかったこと

嬉しかったです。それは間違いありません。

ただ、正直に言うと——驚いたのは、順位そのものではありませんでした。

AIを使ったうえで、書式や冊子、パンフレットのようなものを形にしていく「方法論」を作れたこと。 これが、自分にとっては一番大きかった。

「ここまでできる」が分かった

私たちは、あの時点の技術で、ここまでできました。

そしてAIは、これから進化していきます。

つまり——いま私たちが手作業でやりきったことは、これからもっと簡単にできるようになる。 それが分かった、ということです。

たとえば、こういう方向だと思っています。

全部手でやったから、どこを渡せるか分かる

ここが大事なところだと思っています。

一度、全部手でやりました。 だからこそ、次にどこを機械に渡せるかが分かる。

工程を知らないまま「AIで自動化しよう」と言っても、何を自動化すべきかが分かりません。逆に、苦労した場所こそが、自動化の候補になります。

2〜3人の作業が、1人の指示になるかもしれない

もっと踏み込んで言うと、こういうことです。

いままで、人を2〜3人回してやっていた作業。

これが——AIエージェントを使えば、ほぼ一人で、指示だけで賄えるようになるかもしれない。

多分、そうなると思っています。

だから私にとっては、1位という結果よりも、そのノウハウを得られたことのほうが、ずっと大きかったんです。

その意味で、この案件は——しんどかったけれど、確実に資産になりました。

結局のところ

AIは制作者にとって武器です。それは間違いありません。

同時に、買い叩きの口実にもなります。「AIならできますよね」は、値段を下げる魔法の言葉として使われることがある。

大事なのは、工程を説明できることだと思っています。

ここを言語化できていれば、交渉のテーブルに乗れます。できていないと、「AIで安くなったはずですよね」で終わります。

まとめ


もし、いま「AIでできますよね」と言われて困っている方がいらっしゃったら。

金額の話をする前に、工程を書き出してみてください。

「安すぎます」では、話は動きません。でも——何点作るのか、1点に何工程かかるのか、誰がやるのか。 これを紙に並べると、相手にも見えるようになります。

見えないものは、値段が付きません。 逆に言えば、見えるようにすれば、値段が付きます。

そして、もうひとつ。

その案件、しんどくても一度やりきってみる価値はあると思います。 全部手でやったからこそ、次にどこを機械に渡せるかが分かるからです。

私はそれで、次の武器を手に入れました。